おはようございます。

ワオのメルマガ担当の松本です。

それにしても暑いですね。。。

皆さまお盆はどのようにお過ごしでしたか?

毎年当たり前のようにやってくるお盆。

ちょっと調べてみると面白いことがわかりました。

お盆は、606年に推古天皇が「推古天皇十四年七月五日齋会」という

行事を行ったのがはじめだと言われています。

江戸時代以前は、お盆は貴族や武士、僧侶など上流階級の行事でした。

しかし江戸時代になると、ロウソクが普及したことによって

庶民の間にも広まっていったそうです。

仏壇や提灯に必要なロウソクが大量生産で安価に入手できるように

なったことが全国に広まった理由というのも面白い話ですね。

今当たり前のようにお盆の行事が行われていますが

それがたった1本のロウソクがはじまりだったと思うと

何か不思議な気がして来ます。

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さて、「日本美術を知っていこう」の第7回目です。

時代は、平安時代から鎌倉時代へと移り変わります。

そうです。「1192(いいくに作ろう)鎌倉幕府」で覚えたあの時代です。

平安時代の雅の文化が武士の台頭によって少しづつ変化して行きます。

鎌倉リアリズムという言葉をご存知でしょうか。

聞き慣れない言葉かもしれません。

リアリズム(写実主義)とは、理想や空想を排し、ありのままを表現することを言い

ますが、日本文化において、このリアリズムが開花したのが、鎌倉時代と言われ

ています。

リアリズムが開花する時、社会は凡そ以下のような状況に直面しています。

不安定な政治情勢の中、様々な革新によって環境がどんどん変化していく時代であり

、同時に、伝統やヒエラルキーに対する反骨精神を伴って物事が刷新されていった時

代。

※19世紀中葉にフランスで始まるリアリズムもだいだいこのような時代背景があります。

今回お話しする鎌倉リアリズムは後世の時代に言われ始めた言葉であり、鎌倉時代に、

例えばギュスターヴ・クールベのようにリアリズムが宣言されて始まったような芸術運動とは異なります。

鎌倉時代は、貴族支配の古代から武士支配の中世へと転換する、歴史上の大きな節目

を迎えた時代です。

長い貴族文化は依然支配的でしたが、仏教思想の面では新旧両派の中から優れた僧が

輩出され、変革期の中で不安を抱えていた人々の心に光をもたらします。

そんな時代にあって、人々の現実へのまなざしは変わり、人間への関心は高まってい

ったとも言えます。

そのような社会背景の中で、鎌倉時代のリアリズムは一気に開花したのではないかと

思います。

この鎌倉リアリズムの時代、最も顕著な例としては、運慶・快慶に代表される、彫刻

の世界です。東大寺南大門にある、金剛力士像は有名です。あの筋肉隆々の身体表現

は、まさに鎌倉リアリズムそのもの。

似絵(にせえ※似顔絵のこと)や頂相(ちんそう※高僧の肖像画)が多く描かれたの

も鎌倉リアリズムの表れです。

実は平安時代、肖像画はあまり作られませんでした。肖像画が、呪詛の対象になる

のを恐れてのことではないか等、諸説ありますが、その理由はわかっていません。

ただこの時代になると、肖像画は活況を呈することになります。それもまた、底辺に

鎌倉リアリズムの精神が息づいてのことです。

またこの時代、リアルな仏教説話画が流行しています。

聖衆来迎寺の『六道絵』にある人道不浄図では、

野辺の墓場に葬られた女性が、腐乱して蛆がわき、野犬に食われ、

骨となって散乱する過程が、おぞましいリアリズムによって描かれています。

リアリズムにある残酷さやグロテスクさは、どうしても目を背けたくなる気もしますが

目を背けていては最早改善されない状況が時代の空気とともに内在していたことは

間違いありません。

最近、現代の洋画壇において、リアリズムが脚光を浴びています。

もしかしたら、時代の閉塞感の中で、社会が革新を求め、その空気を敏感に察した芸術家たちが

表現しようとしているのかもしれません。

時代はどうも繰り返しているようです。。。

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それでは皆さん、夏風邪など引かないよう

くれぐれもお体ご自愛ください。

またお会いしましょう。