《クリント・イーストウッド監督の映画作品について》

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残暑厳しい折、皆さまいかがお過ごしでしょうか?
巷では、未だに終息しないウクライナとロシアの戦い、
未だに終息しないコロナの蔓延、未だに襟元を正せない政治家とカルト宗教団体の癒着、未だに涼しくならない異常気象など、いかに人間が愚かで反省も学習もしない生き物かを思い知らされるような話題が尽きません。 

日々穏やかに・愉快に過ごそうと心がけてはいるのですが、未熟者の私はTVに向かっては、『バカ野郎!』 『恥を知れ』 『死んでしまえ~』 『嘘つきめ~』 『卑怯者を連呼し、自らの怒りで自らの血圧を上げるという、とてもマイセルフなストレス生活を送っております。
そして上がった血圧を、病院でもらった降圧剤と自分で漬けた
“新生姜のガリ”で必死に下げております。
さて今回の
『ワンダフルな話』は、再度映画の話になりますが、お付き合いください。

皆さん『マカロニウェスタン』という言葉はご存知でしょうか?
今は亡き映画評論家の権家・淀川長治さんが命名した言葉です。
ジョン・フォードなどに代表されるアメリカの西部劇ではなく、黒澤 明 監督への憧れから作られたイタリア版西部劇を淀川氏は
『マカロニウェスタン』と呼びました。
殆どが、黒澤映画の
『用心棒』などの模倣でした。
黒澤映画の模倣自体は、これに先立ちアメリカ版
『荒野の七人』(1960『七人の侍』の完全パクリで制作され大ヒットしました。
ユル・ブリンナー、スティーヴ・マックィーン、ロバート・ボーン、チャールズ・ブロンソンなどの錚々たるキャスティングです。
そして音楽がエルマー・バーンスタイン。
ヒットしないわけがありませんね。

クリント・イーストウッドは、まだこの時は“ローレン、ローレン、ローレン”の歌で有名なTV番組の『ローハイド』(牛追いの隊長がフェーバー隊長、料理人がウイッシュボーン)に若いカウボーイ・ロディ役で出演し、それなりの人気は博していたもののイタリア映画界から突然の出演依頼を受け、イタリアに渡ります。
撮影は全てイタリアとスペインで行われ、
『荒野の用心棒』1963『夕陽のガンマン』(1965)は世界中で爆発的にヒットし、新しい西部劇としてのマカロニウェスタンの地位を高めると共にクリント・イーストウッドの俳優としての知名度も高めました。
監督はセリジオ・レオーネ、そして音楽がエンリオ・モリコーネです。
これも凄いタッグです。
健康的なアメリカの西部劇にはない、
どこか陰のあるミステリアスで無口なキャラクター、陽ざしを眩しそうに顔をしかめ、葉巻を咥えたニヒルで薄汚れた新しいヒーロー像が誕生しました。 

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映画『荒野の用心棒』より

そしてビックリすることに西部劇で初めてエレキギターを使ったのです。
これ以降、マカロニウェスタンの売れっ子スターが
“ジュリアーノ・ジェンマ”“フランコ・ネロ”と続きます。

さて、イーストウッドに話を移しますと、1972年からシリーズ化された『ダーティ・ハリー』という大ヒット作品を得ます。
サンフランシスコ警察の問題刑事・ハリー・キャラハン。
悪い奴等には徹底して容赦はしない、愛銃マグナム
44をぶっ放す
 

この最高にタフでクールな暴力刑事像は、後の刑事物作品に大きな影響を与え、クリント・イーストウッドの新しいキャラクターとなりました。

1930年生まれの現在92歳、役者だけでなく彼は映画監督としても大きな成功を得ました。 

1985『ペイルライダー』、1988『バード』、1992『許されざる者』、1993『パーフェクトワールド』、1995『マディソン郡の橋』、2000『スペース カウボーイ』、2003『ミスティック・リバー』、2006『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』、

2008『グラン・トリノ』、2009『インビクタス』(負けざる者たち)2016『ハドソン川の奇跡』、2018『運び屋』、2018『15時17分、パリ行き』、2021『クライ・マッチョ』、等々、俳優・監督として年齢とキャリアを重ねていく中、彼の作品に変化が生まれました。
これがイーストウッドの表現したかったことなのだろうと思える特徴です。

① 銃や火薬を使わなくなった。
② 暴力的なシーンや殺人シーンが極端に減った。
③ 動物や美しい自然のシーンが多くなった。
④ 親子や家族のシーンが多くなった。
⑤ ベタベタの恋愛シーンは殆ど無い。
⑥ 壮年・老年の恋愛が多くなる。
⑦ 老いが重要なテーマになる。
⑧ 人種や宗教を度外視する。
⑨ 息子や娘くらいのジェネレーションのキャスティングにこだわる。 

僕はこう思うのです。 彼は今までのハリウッドを中心に制作されてきたアメリカ映画の中にはない『新しいヒューマニズム』を表現しようとしているのではないか?

それはかって、ロバート・レッドフォードも目指してきたのですが、クリント・イーストウッドの方が更に深い。
時代が進み、
夫婦の関係、親子の関係、友達関係、先輩後輩の関係、上司や組織との関係、産業と自然との関係、個人と他人との関係、過去と現在との関係、夢と現実との関係、経済力と幸せの関係、生と死の関係、老いと病と孤独と希望の関係など、現代の一人の人間個人を取り巻く環境や関係式が大きく変わって来ています。 

過去からの集積した問題にケリをつけるような生き方、高齢となったイーストウッドの映画製作の視点がそこにあるように思えます。

もう社会には挑まない、提言などしない。
世の中を相手にしない。
身近な者たちを弱き者たちを、自分の身の丈の力で誠実に守る。
それが真に尊い正義。

銃や火薬は解決策としては決して使わない。
背伸びもしない、人種や宗教も関係ない。
重要ではない。
当然、ナショナリズムへのこだわりもない。
ただ、個人の生き方や好み、流儀や作法に対するこだわりは有る。
大切にしてきたライターや腕時計、ビンテージな車や酒の銘柄などである。
血縁などは脆く危うい。
男女の愛も然り。
それよりも失敗した者や敗北した者、失った者や傷ついた者にこそ共感し、胸襟を開き、心を寄せようとする。
そんな
『友愛』の方が大切な時代なのかもしれない。

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ワーナーブロスHPより

彼の映画作品は、“幸せ? さり気無い優しさや思いやりがあれば、誰でも何処でも幸せに暮らせるよ”と語り掛けてくる。 特に秀逸なのは『グラン トリノ』『クライ・マッチョ』だ。
『グラン トリノ』の映画の最後の方のシーンで、主人公・ウォルト・コワルスキーの葬儀の最中、神父が生前のウォルトを語るシーンがある。
愚直で実直な彼を評した言葉が胸を打つ。

複雑に多様化した時代だからこそ、ジェネレーションや立場や性別や人種を超えて、誰もが持っていたハズの飾らない優しさや思いやりこそが、もっとも大切な事なんだ、決して特別なことではないんだと、クリント・イーストウッドの作品は教えてくれます。
彼は見事に、
『新しいヒューマニズム』の映画を観せてくれました。
二枚目俳優からスタートし、今や名優として名監督としてアメリカ映画界を代表しています。
92歳の彼に、感謝!!!

 

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